* *

「――……すっげえ、よけいなお世話ッスけど」
「なんだ」
「いっていいスか」
「な、何を」
「そいつのどこがいいんスか。いや本当に、冗談抜きでやめといた方がいいんじゃ……他に、もっといい男とか隊長にふさわしい奴いくらでもいますよ。そっちにした方が」
莫迦をいうなっ!」


 なんだそいつは。
 そんだけ好き勝手やってるくせに、こんなにうちの隊長に想われてんのかよ。くそ。面白くねえな。なんだって隊長はそんなやつを。あ、今、無性にそいつを殴りてえ。理由なんざ知るか。
 ――理由。
「おいおいおいおい」
 隊長もおかしいけど俺もどうした。何腹立ててんだよ。なんで機嫌悪ィんだよ。なんで 胸が。
 ――痛い、なんて認めねェぞ畜生、夜が長すぎんだよさっさと朝になりやがれ。そうすりゃこの状況から解放される。

* *

 わ、笑って……? な、なぜだどういうことだ、まさか本当にバレたのか? これほどまでに私が平静を装っているというのに。
 ──ん?
「大前田」
「なんスか」
「貴様が先ほどから何度も傾けている猪口だが、とうに空だぞ。そもそも、もとより酒は注いでいなかった」
「……ちっと酔いがまわってきただけッス。ええ、ぼーっとなんてしてませんよ考え事なんてしてません」
「酒には強いだろう? 今宵はまださほど呑んでおるまい」
「よく見てんスね」
 ――あ、当たり前だ。いつだって。
 目で追っていた。
 自分でも、無意識のうちに。
「で?」
 どんな男なんスか。
「……そッ、それは」

(※大前田のことを話し。本人に気づかれず)

* *

 ――なんだ、いんじゃねえか。あほくさ莫迦らし。
 俺じゃねぇことは確か、っつーことは。
「ああ、なるほど」
 思わず心中が口を突いて出た。
 つまり恋愛相談なのだこれは。
 ようやく合点がいった。砕蜂がいつもと違ってもじもじとしているのも、普段足蹴にしてはばからない大前田に相談事を持ちかけること、しかもそれが色恋話であること、の二点の相乗効果で様子がおかしかっただけだ。



なんだ。気が抜けた。
 くつくつと笑いながら……あれ、俺今ちょっと残念とか思ったか? いやいやいやんなわけねえだろ、ありません。思ってねえしこの人は単なる上司だろ。……そうだ。ただの上司と部下。わかっているし、わかっていた。だから。別に。なんとも。

* *

 ――わああぁ、なぜ黙っているこいつは。まさかバレたのか、バレてしまったのか。それはだめだ、それはまずい、なぜならこいつは嗜虐性の持ち主であり、この想いが露見した日には精神的な下克上を狙ってくるのは確実、関係の主導権を握られ、いいようにあれやこれやと弄ばれてしまうに違いない、悪代官と町娘のようにくるくると。
 それだけは絶対に避けなければ。


 ああ、惚れた方が負け。──とはよくいったものだがしかし私は負けぬ。さぐりを入れ、大人の駆け引き(憧れ)の末、さんざん気を持たせ、焦らして、最終的には向こうから好きだといわせてやるのだ。
その日までは、しっかりせねば。
「隊長はいねえんスか、好きな男」
 どきん。好きな。男。
 あらためていわれるとどきどきする。


「い……」
「へ?」
「い、る」
「へえ……」
 貴様だと。いえないいわない、いいたいのに告げたいのに。できない。ああもう心臓の音がうるさい。

* *

「はぁ……?」
 えーと本気で何いってんだこの人は。今日はどうしたおかしい確実におかしい熱でもあんのか。四番隊を――いやおおごとになるのは避けてえ。
 今までの、けっして短くない時間やともに過ごしてきた間に起こったさまざまな出来事を思い出す。そして、あらためて目の前の砕蜂を見つめた。
趣味じゃねえんだよな。
 でも。

* *

「い、いないのだな」
 よかった。ほっと胸をなでおろす。
「へえ。まぁ、仕事忙しいんで、そういう関係になっても多分あんまし構ってやれねェでしょうし、そんじゃ相手の女がかわいそうでしょう」
「そ……そういうものか」
「そッスよ。俺だって付き合ってるってのに放置されんのは嫌なんで」


 ――そうなのか。


 私だったら。
 膝の上できゅっと拳を握りしめた。
 私だったら、たくさん構う。構いたい。
 こいつが嫌だといってもやめてくれと懇願しても勘弁してくださいと泣いて頭を下げても、お構いなしに構って構って構い倒してやるのだ。


「あー、護廷だと職場恋愛っつーのはその点いいんじゃねえかな。特に同じ隊だったらとりあえず毎日顔合わせるわけですし」
「職場、恋愛……」
 まさに。ごくりと唾を飲みこむ。
いえ。今だ、いうのだ。ぎゅっ。
「わ――私と、貴様のよう、な」
 だめだ最後までいえなかった。がくりとうなだれそうになる。
 ──例えるならば私と貴様のように、上司と部下でそのような関係になることもあるのだろうな。
 そういいたかったのに。全然。

万有引力の法則


こういうじれったいの書きたいです。双方のヴァージョンで心理描写に力を入れた、読んでてにまにましちゃうようなの。ちょっとでもにまにましていただけましたら拍手から教えてもらえるとうれしい&完成させる励みになります…!



「き、貴様は付き合っている女は、いるのか?」

 いつもはっきりとした物言いをする彼女らしくない台詞に思わず顔を上げた。
 それになんだその質問は。
「いや別に今は……」
 は? 顔真っ赤で、下向いてて、やべえ、かわいい。いや、かわいい…? おかしいだろおいおい俺しっかりしろ。
 そりゃあこの人が整った顔立ちをしているのは飽きるほど一緒にいるのだからさんざん目にしている。ファンクラブまであるしな。客観的に見ても可愛らしくてお人形さんみてえで綺麗に整った顔立ちなんだろう。
 けれど、羞じらっている様子は新鮮で。
 見慣れなさに目をしばたいてしまうほど。


 まさか。はっとする。さっきの質問はその手のさぐりを入れてきたのか、つまり――
 ──告白の前触れ。
(んなことあるわけねェだろが)
に、してはさっきから心臓がうるさい。やけに頬が火照るのは酒のせいだそうに違いない。これは、あれか。なんとも思っていなかった相手に好きだといわれて意識しはじめて結局は好きになってしまうパターンか。


「……いやいやいや、ねェから」
 大体、好きだなんてひとことも告げられていない。どんだけ早合点なんだよ俺は。あぶねえあぶねえ、とんだ勘違い野郎になるところだったぜ、この大前田希千代様としたことが。
 ふっと自嘲じみつつ格好つけて苦み走った大人の男を演じてみたものの、隊長はまったく気にした様子もなく、いきなり勢いよく前のめりになる。えーとあのどうしました砕蜂隊長、本当に。