めも。
■潰れた鈴の小唄
男の押し殺した最中の声というのをよいと感じたのははじめてでその事実に自分であわてたものの口内をいっぱいにする男性器は変わらずに反応を示してきて、それがうれしいのか哀しいのか愛おしいのかもわからぬまま、おずおずとふぐりに手をのばすこちらにも愛撫を加えるとよいと聞いたことがあるけれど耳年増という年でも身の上でもないが知識だけが豊富で実践に移すのははじめてでそれに気づかれなければよいのだがやたらと勘のよいこの男にはおそらく見抜かれている。
舌を動かし、ぴちゃり、と濡れた水音をたてれば、また。
「――う……っ」
はぁはぁと荒い息を吐きながらのしかかってくる男どもには小首を傾げ我ながら呆れるほどに媚びた笑みもしなも作ることができるのに今はとても無理なのがおかしくてしかし苦笑することもできぬほどに切羽詰まったこの余裕のなさはどこからきているのかそして一体どこへいくのか。
そもそも自分は任務や接待以外で性的な行為をしたことがない、数えきれぬほどの――また覚える気にもいちいち数を数える気にもなれぬ男たちに抱かれながら今まで何を考えていたのか、すら考えられない今現在のこの状況。
あの男たちはどういう気持ちで自分を抱いていたのかはじめて気になった。
何がよかったのかどこがお気に召したのか、この顔か身体か雰囲気か役職かそれらの差異から生まれる(の、かもしれない自分には理解不能な)興奮剤めいた禁欲を暴く一夜限りの特権にか。
権力、征服欲、地位名誉、鬱屈の捌け口、趣味嗜好、少女愛好、加虐性、被虐性、独占欲――恋?
まさか。
今度こそ思わずくすりと笑ってしまったが副官は黙って息を漏らす。
ならばなぜこいつは私を抱きよせたのだ。
こうして行為を続けているのだ。
なぜ。
訊きたかった、教えて欲しかった、なのに何もいえなかった、代わりにもう何もいわせないとでもいうように唇を奪われ貪られる。
──鈴が鳴った。
首に鈴の首輪。この貴族との行為の際には必ず着けてくるようにいわれている儀式めいた印。気に入った『玩具』には鈴をつけるのだ。『接待』の最中に目隠しされてやられながら希の名前を呼んじゃって止まらなくなる砕蜂。
『接待』の最中にはじめていっちゃって。気を遣ったな。はじめて。今まで振りをしていただろう気づかれないとでも思っていたか。
――それほどよかったか。
「……あッ、たい、ちょ……」
そのようなこと、教えない。絶対にいえない。知らなくていい。
私だって理由がわからぬのだから。
抱かれるつもりなどなかった。
拒めばいいのに拒めなかった。どうしていいのかわからない。ぎこちないのが自分でもわかる。どうして。
気まぐれか、気晴らしか、からかってみて引っ込みがつかなくなったのか、単純に欲望の捌け口というだけならこの男は他にいくらでも相手がいる、知っている、いっときの衝動にまかせて理性を失うほど莫迦でもうつけでもないのもわかっている、ならばなぜ、今、私を。こうして。
(回想)その男を今度呼んでやろうか目の前でしてやろうかといわれて本気でやめて欲しいと叫ぶ蜂。『接待』などなんとも思っていない。任務の一環。身体はそれなりに反応する。けれど、嫌だった。はじめて嫌だと思った。はじめて恥ずかしいと思った。自分のしていることがしてきたことがこれからするであろうことが、恥ずかしい、と思った。
ちりん。
「――失礼いたします」
東仙。
ああ、こいつも呼んでいたのか。貴族の最近のお気に入りだ。顔を合わせることも二人揃って呼ばれることもめずらしくない。
もう下がっていいといわれて、すれ違いざま、
「大事にした方がいい」
はっとなって、聞いていたのか。
「大前田君は、きっと君の希望なんだね」
千代に希う、永遠(とわ)に手に入らない何か。ああ、泣くな泣くな私にはそんな資格はない。
「じゃあ、また。明日の隊首会で」
「……徹夜仕事か」
「そうなるね。多分」
鈴の音を夜のしじまのなかに残して盲目の青年は背を向けた。
あの鈴のついた首輪は今、この机の引き出しの中に入っている。この男は意味を知っているだろうか。知ったときにどう反応するだろうか。
足を開かれる。いきなり押し入ってくる。じん、と痛みが走る。なのに気持ちがよくてどうしようもなくて止まらない、止めないでやめないでお願いもっともっと激しく打ち付けて奥まで挿れて動いて突いて叩きつけてもっともっと。痛くていいから。痛くして。酷くして。我も忘れるほどに。何もかも忘れて今はただ、
──私を犯すことだけを考えろ。
腰が勝手に動く。声が抑えられない。気持ちがいいほど、泣きたくなる。理由など知りたくない。
嫌だ、と。
叫ぶ。ほとんど悲鳴に聞こえた。
嬌声に聞こえた。
お題の一宵噺の対、砕蜂ヴァージョン。