「ヒーローってのはピンチになると現れるもんだろっていってもオレはヒーローなんて柄じゃねーですよ、どちらかといえば一癖もふた癖もある噛めば噛むほど味がでるっつーくらいのいい味のある名脇役とよばれて、監督のオキニになっていざ主役張ってみたら映画の興行成績ボロクソってのが理想だな」
よく通る声で、一気にまくしたてた。


光沢のある黒の、膝まである細身のコート。なかに着ているのは黒の革製らしいタートルネック。同じ色のぴったりとしたパンツ。踵が太く分厚い、鉄板でも仕込んでるんじゃないかと疑いたくなるゴツいブーツ。


あごまである、ぼさぼさの若白髪交じりの男性にしては長い黒髪は遠目にはグレーに見える。横分けにした前髪の奥にある目は、楽しくて愉しくてしかたないというふうに細められていた。


青年は、ぐっと唇の端をあげると、宣言した。


「終末の鐘を鳴らしに来てやったぜ」


「有臣くん!」 
「よぉ、鞠綾! お久しぶり! そっちで倒れてる瀕死の傷だらけキッズは初めまして! 元気ですかー? 最高ですかー? 特になにもないですかー? んー、あああ、聞こえねーって。悪ィ、オレ様ちゃん耳あんまよくないのよ。ちゃんと聞こえるようにいってくんないとー」


黒コートの青年――鞠綾に『有臣くん』とよばれた彼は、は両のポケットに手をつっこんだまま、つかつかと敵の数歩前まですすむと、なんの前触れもなく、いきなりまわし蹴りを見舞った。疾い。黒革のスリムパンツにつつまれた長い足は、敵の顔面を正確に捉えた。カエルがつぶれたみたいな声をあげて倒れる相手。
横倒れになったそいつの胴を、もう一度、大きく蹴った。まるでフォワードサッカーボールをゴールに力一杯、叩き込むみたいに。


「悪ィねー、オレ様ちゃんほんとあんまし優しくないのよ。不毛な口ゲンカするくらいだったら一発蹴り倒して終わりにしたほうが早くていいじゃんとか考えちゃう、さいってーの大人だからさ」


へらへら笑いながら、倒れた敵の肩を踏みにじる。


「そこの少年」
「ぼくですか……?」
 うつぶせに倒れているぼくのところからは、彼の後ろ姿しか見えない。
「鞠綾がずいぶん迷惑かけたみてーだな。マジで勘弁な。んで、お前、それ肩の間接外されてんだろ? どっちだ? 右? 左?」
「右……ですけど、ぼくはハムラビ法典みたいなのは、好きじゃないです。利き腕、左ですし」


有臣氏はひときわ高い声で笑った。
「いいねえ、いいよ少年。その意気やよし、ってなもんだな。オレ様ちゃんも目には目をっつーのはあんまし好きくない。なーのーでー」


彼はこっちを振り返り、ぼくのとなりにへたりと座り込んでいる鞠綾を指さした。中指で。


「おいこら」
「わ、わたし、おいこらなんて名前じゃないもの」
「わかったわかった。鞠綾、もともとはお前がちゃんと仕事しないからこーゆうことになるんだろーが。おかげでお前の大事な――ヘイ、少年、君の名は?」
「御司です」
「りょーかい。ありがとう。その大事なみつかさ君が倒れてんじゃないかよ。ったくしょうがねーなぁ、みつかさ君キズ物になっちゃったじゃないかよ。責任取りなさいよ? そーゆうわけでお前がこの倒れてるオッサン及びこれから出てくる敵をやっつける、と。少なくとも拘束式は使えよー、目覚まして騒がれんのは面倒くせーからな」



なんか、ボーイミーツガールだった気がする。



「ああ? ちょっとまて。お前――いってないのか?」
「な、なんのこと?」
「とぼけんな。ああ、おい、鞠綾!」
「どういう――ことですか」
「なあ、あんた、こいつから何も聞いてないんだろ? 肝心なところは、こいつ御司くんに隠してたんだな?」
「だから……」


「有臣くん!」
鞠綾の悲鳴みたいな制止の声。
「なあ少年。オレが君にはじめて会ったときにいったこと、覚えてるかい? こういったはずだよな――終末の鐘を鳴らしに来てやったぜ――」
そうだ。彼は確かにそう宣言した。
「おかしいと思わなかったか? 終末を連れてきたのはこの鞠綾で、それはこいつにしかできないことだって御司くんも説明を受けてたはずだよな? なんたって君はこいつの対、なんだもんな」


そう。ぼくは終末を受け入れる存在だから。
彼女の、鞠綾の対だから。
だから……。
終末の鐘を鳴らしに――。
終末の鐘。
鳴らすのは、彼。
受け入れるのは、ぼく。
やってきたのは――鞠綾。
つまり。


「有臣さん」
「いや、いやぁ! いわなくていいの、いわないでっ! お願い、有臣くん、お願いだからっ!」
両手で耳をふさいで、鞠綾が叫ぶ。ぼくはかまわずに問う。多分、絶望的な確認をする。
「終末の鐘――が、鞠綾自身なんですね?」


「そうだよ」
あっさりと彼はいって、ため息をつき、膝を折って鞠綾に目線を合わせた。
目をつぶって耳をふさいでいる彼女のおでこに、
「こら、鐘」
十分に引き絞った、デコピンをした。
「い、痛っ! 痛い! ひどいよ! いきなり、ひどいよ! ひ、卑怯者っ、有臣くんのバ……」
「バカはお前だよ、まったく」
はーっと盛大に息を吐き、彼は立ち上がった。
「しょうがねーな。お前ほんっとーに、昔っから、そういうとこは全っ然、変わらねーのな」
その声は、なんだか――とてもやさしかった。


「人に迷惑をかけたくないっつうか、心配かけたくないっつうか、肝心なとこは人に頼らないんだもんなー。だけどそう思ってやることなすことほとんど全部、まわりに迷惑かけて心配させんだからさ、気づけよいい加減。そして直せよ。学習しようぜ。ああ、もう、しょうもないなぁ、ったく。オレだってどんだけ気を揉んでると思ってんだよ――なぁ、姉さん」


「ごめん……なさい」
ななめ下を向いたまま、鞠綾は小さな声でいった。
それを有臣氏は腰に手をあて、微笑みながら、愛しいものを見る目つきで見下ろしている。
「……えーっと」
なんかいい雰囲気だな。おもしろくない。


「ちょっといいですか」
「ん? どした少年」
「姉さん、と。僕の聞き間違いでなければおっしゃいましたね?」
「そだよ。このちっこい、小学六年生くらいのはオレの姉さん。お姉ちゃんでお姉様でおねえちゃまでねえやで姉ちゃまで姉君様。オレは別に姉萌えじゃねえけど。どちらかっつったらお兄ちゃんとよばれたい方だな。ま、鞠綾とは多少育った環境が違うから発育具合も違うんだけどさー」
「多少、ですか」