たまには別ジャンルなどいかがでしょう?

ヘルシング・(アーグラ)


「そうか、そうだったな、インテグラ。お前もまた、年をかさね、いつかは死にゆくのだったな」

 今、はじめて気がついたように。
 少し口元をゆがめて笑って。

 私はそれを見て、ただよう紫煙のむこうに告げるべき言葉を探す。

 この男の、かすかに寄せられた眉、皮肉っぽい笑い、けれどその中に微妙な感情の変化を見つけられるほどに結局、私がこの従僕と過ごしてきた日々は長く、密度が高い。

 まるで、蜜月のような十年間。
 その事実に私は敗北感にも似た気分を味わう。

 しかし負けてもいいだろう。このヴァンパイアには何ものも恐れぬ不敵な表情こそがふさわしい。こんな顔を、ほんの少しでもさせてはいけないのだ、私は。少なくとも、こいつに、マイマスター、と呼ばれている間は。

 結局葉巻が灰になるまで待って、用意していた台詞を口にする。
「安心しろ」
「何を」
「お前には私の子供を遺してやる。新しい、お前の主人として。その子供はまた、次の主人を、その次も新しいヘルシングの長になるべき人間を、その子供もまた同じように。そうやって、お前はずっと『ヘルシング卿』に仕えるのだ。半永久的に。私が死んでも」

 振り向く。従僕と向き合う。

「──だから」

 私は自分が、自然と微笑んでいるのに気付く。
 もしかしたら、今までにないほどに、優しく。

「さみしくなどないぞ、アーカード

 ――この時の従僕の顔を、私は一生忘れないだろう。

 墓まで持っていくか。いやいや、事あるごとに、からかうネタにしてやる。決めた。私の十年間の数多くの失態や失敗を知っているこいつへの、ささやかな反撃材料だ。それも、とびっきり、貴重な。

 こみあげてくる無性に笑い出したい気分を押し殺して、新しい葉巻に火をつけようとする。あ、だめだ、手がふるえる。煙を吸いこもうとして、我慢できずに吹き出してしまう。

 ──ああ、だって!

 滅多にない大笑いをしている私を見る憮然とした従僕の顔がまた、おかしくも愛おしく、途中でふと神妙な気持ちになって聞いてみる。
「お前は……いや、私は、いつまで」
 一緒にいられるの? いや待て、そんな弱々しい台詞は死んでも吐くものか。これこそ、墓までもっていく言葉だ。

 しかし、この従僕は変なところだけ鋭いから、急におとなしくなった私が言いかけた言葉など、おそらく見抜いているのだ。腹立たしい。

「情緒不安定だな、マイマスター。月のものか?」
「ちがう! 何でお前はそういうことを平気で口にできるんだ!」
「年の功だろう」
「絶対それ意味がちがうっ!」


なんだかんだで想い合って信じ合っていて、でもよけいなことはお互い口にしない、そんなアーカードインテグラ局長が大好きです…!



★十三歳で叔父を殺し、ヘルシング卿となった少女、インテグラ。幼いころから彼女を知るペンウッド卿の回想と偏愛。ナボコフのロリータみたいな感じで。あと、服部まゆみのシメール。あんな感じ。


 ……それでもまだ、私は諦めきれないのだ。

 君がいつか、私を見てくれるのではないかと、君が、いつか、私を必要としてくれるのではないかと。

 私は時折、夢想する。
 頼るべき唯一の肉親を亡くした君を、車の助手席に乗せて、あてのない旅をしよう。君の気に入るようなホテルを探し、時には安っぽいモーテルで、ひとつのベットで寄り添って眠ろう。あのロシアの亡命作家が描いた小説のように。

 その白昼夢は涙がでるほど幸せで、私はいつも、絶望する。


「君も、その、そろそろそういう年頃ではないのかね、インテグラ
「……卿こそ、ご結婚なさらないのですか?」
 少しいじわるそうな笑みをうかべて、彼女はいった。
 頭に血がのぼる。顔が赤くなり、汗がでるのを感じた。
 うつむいた先には、冷たく暗い床があった。
「わ、私は、もう……この年で、そんな」
「では跡継ぎはどうなるのです。ペンウッド家は」
「……私には兄弟が多い。姪も、甥もいる。おそらく私よりもずっと優秀な」
「あまりご自分を貶めないことです。あなたは立派に職務をはたしておられる」
「そんなことを……」

 思わず目をつぶってしまう。
 額からつたっておちた汗が、目にはいってきて、ひどくしみる。
 彼女が本気でそう思っていないのは、よくわかっている。さきほども、私の無能さを責めたばかりではないか。

 なんとも、情けない……。
 私は――私は、君に頼られることを望んでいるというのに、これでは、あまりにも……。

 彼女が、小さくため息する。
 呆れられたか。
「――ペンウッド卿」
 声がすぐ近くで聞こえた。
 ふと、頬になにかが触れた。

 はっとして目を開けると、彼女の顔がすぐ前にあった。頬をなでたのは、彼女の豊かな金髪だった。
唇を笑みの形にしたまま、彼女は私の右頬に、軽く口づけた。

 ずっと昔。まだ幼い少女だった君が、可愛らしく背のびをして、一度だけ、そうしてくれたときと同じように。

「……イ、インテグラ
「早くよい伴侶を見つけられることです。そうすれば、私のことで気を揉むことなどなくなる」
 くすりと笑って、それでは──と彼女は私に背を向けた。 


むくわれない自虐と屈折入り交じりのラブ。弱気なおじさまと凜とした少女(亡くなった父親とは親友)(12歳からずっと後見人のようにして世話をしてきた)とのお話なんていいな…!